食卓を愉しむ 2.和食のコーディネート 2

器にこだわる

和食器に和食はもちろんですが、洋食を盛り付けても素敵だと思います。
やきもの、ガラス工芸、漆器・・・全国各地に数々の名品があって、「自分流の暮らし・自分流のおもてなし」 にはどんな器を選べばよいのか悩んでしまうかもしれません。そんなときはまず、地元の名産品を使ってみませんか? 地元を離れて暮らしていらっしゃる方は、離れてみて改めて故郷のものに興味を持った・・という経験をお持ちではないでしょうか?まずは身近なものから使ってみましょう!
高い器を買って高い戸棚にしまってしまうより、普段から大切に使って、良いお付き合いをしてあげてください。

日本生まれ、日本育ちのやきもの ・・ 「日本六古釜」

信楽焼

(滋賀県甲賀市)
天平時代、聖武天皇が紫香楽宮(しがらきのみや)を造るにあたって瓦を焼いたのが始まりといわれています。
窯の中で、素地の表面に灰が付いて溶け釉薬の役割りを果たす自然釉(しぜんゆう)や、陶器の表面に現れる 「火色」 と呼ばれる赤いまだら模様、焼けた薪から出る灰が落ちて表面に溶け付く 「灰かぶり」 などの特徴があります。
土の素朴な味わいがポイントです。

備前焼

(岡山県備前市)
平安時代から続く、千年の歴史があります。 その素朴さが茶人たちに愛され、茶道具が多く作られています。
備前焼は釉薬を使わず、絵付けもせずに、約2週間前後火をたきつづけて焼き上げます。窯の中では、高熱と炎や灰の作用で作品の表面が変化する 「窯変(ようへん)」 がおこり、同じ作品がふたつとない自然の芸術が出来上がるのです。
備前焼の器に入れた水は腐りにくく、お酒を入れると味がまろやかになり、花をいけると長持ちするといわれています。

「日本六古釜」 とは

・ 瀬戸(愛知県瀬戸市)
・ 常滑(愛知県常滑市)
・ 越前(福井県丹生郡)

・ 丹波(兵庫県篠山市)
・ 信楽(滋賀県甲賀市)
・ 備前(岡山県備前市)

の6箇所の窯場のことをいいます。中国や朝鮮半島から渡来したやきものと違い、日本で生まれ日本で育まれた日本古来のやきものです。

各地の名品

丸谷焼

(石川県金沢市)
九谷の鉱山から陶石が発見されたこと、そして加賀藩の職人が今の佐賀県有田町で磁器作りの技術を学んで来たことによって、17世紀半ば頃九谷の地で始められました。
九谷焼の特徴は、「呉須(ごす)」 とよばれる藍青色で線描きし、「五彩」 とよばれる、赤・黄・緑・紫・紺青の5色の絵の具を厚く盛り上げて塗る彩法です。 絵柄は山水、花鳥など絵画的で大胆な上絵付けがなされており、力強い印象を与えます。
美術工芸品として国内外で有名です。

伊万里・有田焼

(佐賀県伊万里市ほか)
豊臣秀吉の朝鮮出兵に参加した佐賀藩主が現地から連れ帰った陶工/李参平(りさんぺい)によって、有田泉山に陶石が発見されたのが始まり。 李参平は天狗谷に開窯し、苦心の末白磁器の製作に成功しました。
白く美しい磁肌や華やかな絵付けが特徴です。 古伊万里・柿右衛門・金襴手・鍋島などの様式があり、特に古伊万里・柿右衛門様式はヨーロッパの人々に愛され、江戸時代にオランダ商館を通じて大量に輸出されました。
有田で作られたものを有田焼、伊万里で作られたものを伊万里焼と呼んでいます。

萩焼

(山口県萩市)
豊臣秀吉の朝鮮出兵に参加した毛利輝元が、現地から連れ帰った陶工/李勺光(りしゃっこう)・李敬(りけい)の兄弟が起源。 李勺光が萩に御用品を焼く窯を開くことを許され、李勺光の死後は李敬が窯を継ぎ、「坂高麗左衛門」 の名を受け現在まで受け継がれています。
装飾は簡素で絵付けはほとんど行われません。 表面には 「貫入」 と呼ばれる細かいヒビ模様があり、吸水性が高く、使い込むうちに 「萩の七化け」と称されるほど色彩が変化します。 高台の一部が欠けた 「割り高台(こうだい)」 も萩焼の特徴ですが、これには 「重ねて束ねるときに紐をかけやすくするため」「御用品と同じ物を庶民が使うわけにはいかないのでわざと欠けさせた」 など、諸説あります。

その他の器

江戸切子

(東京都など)
切子はガラスの表面に金属製の円盤や砥石などを使って、さまざまな模様を切り出す技法です。 天保5年(1834年)に、江戸の小伝馬町でビードロ屋を営んでいた加賀屋久兵衛という人物が、英国製のカットグラスを真似てガラスの表面に彫刻を施したのが始まりと言われています。
江戸時代には透明なガラス地にカットを施した 「透き」 と呼ばれる製品が主流でしたが、近年では透明なガラス地の表面に色ガラスの膜を被せたガラスをカットした 「色被せ(いろきせ)」 の製品が主流となっています。 繊細で鋭い切り込みが特徴。
伝統的な図柄は江戸の生活用具を図案化したものが受け継がれています。 庶民のために発展した工芸品です。

会津塗

(福島県会津若松市)
室町時代、力のあった一族が漆の木を植えることを奨励したのが始まりです。 安土桃山時代に近江の武将が会津を支配することになり、近江の漆器職人を呼び寄せ、漆工芸の養成と技術の進歩を図ったため、会津の漆器作りは一気に産業化されました。
「会津絵」 「錦絵」 といった会津塗独特の絵模様や、多彩な加飾技術が特徴です。 金箔を使った華やかな紋様 ・ 渋みのある 「鉄錆び塗」 ・ 米のもみ殻をまいて模様を出す「金虫くい塗」 ・ 木目の美しい 「木地呂塗」 など、多彩な表情が楽しめます。

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(2006年8月作成)

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